TOKYO AND ME

東京で暮らす人、 東京を旅する人。
それぞれにとって極めて個人的な東京の風景を、 写真家・ホンマタカシが切り取る。

写真:ホンマタカシ 文・編集:落合真林子 (CLASKA)


Vol.52 AYA COURVOISIER (陶芸家) 

 

PLACE : 門前仲町 (江東区)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Sounds of Tokyo 52. ( Fukagawa Fudōson )


父はフランス人、 母は福島出身の日本人で、 私自身は母の故郷である福島の郡山で生まれ育ちました。
住んでいたのは小さな田舎町だったので、 幼い頃からの友人たちとは幼稚園から幼稚園から中学校までずっと一緒。 周りにあるものといえばひたすら "自然" でしたから、 いつも泥んこになって遊ぶ日々でした。
小学校の校庭の横に子どもたちの間で 「真っ暗森」 と呼ばれていた小さな森があって、 そこで粘土を採取して遊んだり……思えば幼いことからずっと、 手を動かすことが好きでしたね。

父の希望もあり、 夏休みは毎年フランスにある父の実家へ行っていました。
家の中では父とはフランス語、 母や兄弟とは日本語で会話をしていたので自分としては "日本とフランスが半々" という感覚で生活していたのですが、 当然日本人とフランス人のメンタルは違いますから気持ちのスイッチを切り替える必要があったんですね。
だからなのか、 フランスへ行く時はいつも緊張していたことを思い出します。

「いつか自分のアイデンティティのひとつでもあるフランスで暮らしてみたい」 という思いがあったこともあり、 高校卒業後はパリの大学に進学しました。
進学を機に上京する友人も多く随分と悩んで決めたことではありましたが、 かといってフランスでやりたいことや明確な目的があったわけではありません。 心のどこかで 「クリエイティブな仕事をしたい」 という気持ちはありましたが自分に自信もないし、 どこから手を付けたらいいのかわかりませんでした。

大学卒業後もパリに残り、 誰に見せるわけでもなく絵を描いたりフリーランスでコーディネーターや通訳の仕事をする中で、 25歳の時に友人の誘いで 「陶芸」 に出会います。
女性陶芸家の工房に週に数度通うようになりましたが、 手取り足取り教えてくださる方ではなかったのでほぼ独学。 当時は陶芸を仕事にしようとは考えておらず、 ただ 「欲しいものをつくりたい」 というシンプルな気持ちで取り組んでいました。
コーディネーターの仕事も変わらず続けていましたが、 ある時にいただいたご縁がきっかけになり、 半年間限定で東京の内装設計会社で働かせてもらうことに。 それまで全く考えもしませんでしたが、 はじめて自分の人生に "東京" という選択肢が降ってきたんです。
「こういうきっかけがないと東京に行くことはないかも」 と、 思い切ってその波に乗ってみることにしました。

半年間限定の東京生活の拠点は門前仲町。 長期滞在型のホテルで暮らしました。
お世話になった会社の方に 「築地か門前仲町のいずれかになりますが、 どちらがいいですか?」 と聞かれたものの全然わからなくて困っていたら、 その方が 「私だったら門前仲町かな」 と。 結果、 大正解でした。

はじめの頃は、 毎日緊張しながら生活する日々。
毎朝慣れないぎゅうぎゅうの満員電車に揺られて表参道へ出勤して、 仕事が終わる頃は身も心もギリギリでしたが、 そんな状態の自分を門前仲町という街が癒してくれました。

酒場で楽しそうにしている江戸っ子のおじさんたちに交じってお酒を飲んだり、 夜の街を散歩したり、 地元の人たちでにぎわう銭湯に行ってみたり……。 そこにちゃんと "生活" がある感じがして、 すごく落ち着きました。
そして 「パリに比べて、 なんて娯楽に溢れた街なんだろう」 と。
食べたいと思ったら食べられる、 歌いたいと思ったら歌える……欲望にすぐアクセスできるというか、 自分の気分に街が寄り添ってくれる感じが印象的でした。

思えばもともと、 「私は東京では暮らせない」 と思っていたんです。

子どもの頃にバレエを習っていたので公演を観るために時々母と上野まで行く機会があったのですが、 電車の車窓から眺める東京の風景は自然あふれる故郷のそれとは真逆で、 この街で生活をするのは自分には無理だろうなと感じました。
でも、 門前仲町で過ごした日々が 「東京って楽しいかも」 と思う大きなきっかけになって、 結果パリから日本へ帰ってくるという決断をすることになりました。

半年という短い時間でしたが、 街で見たものや体験したこと、 感じたことは自分の中で今も静かに生きています。
「富岡八幡宮」 の蚤の市で買った籠や絵、 ランプシェードは今の東京の家でも活躍していますし、 現在のパートナーと出会ってはじめて一緒に過ごしたのも門前仲町、 そして東京という街への価値観を変えてくれた場所でもある。 なんというか、 自分にとって凄くエモーショナルな場所なんです。

それもあって、 門前仲町を離れて以来一度も足を運んでいません。 あれからもう5年くらい経つのですが、 まだ戻れなくて。
もちろんいつかはまた行きたいけれど、 その時は何かの記念に、 かな。

現在は都内で自分の窯を持ち陶芸の仕事をしていますが、 あの半年間がなかったら今でもパリにいたのかもと思うと……人生って不思議なものですよね。


Profile
AYA COURVOISIER(アヤ・クヴァジエ)


陶芸家。 1993年、 福島県生まれ。 大学進学時に渡仏し、 パリで陶芸技術を学ぶ。 骨董品やヴィンテージのオブジェなどの買い付け、 現地コーディネーターとして働く。 2019年に日本に帰国し、 現在は東京を拠点にセラミックアーティストとして活動している。

Instagram@ayacourvoisier

東京と私