TOKYO AND ME

東京で暮らす人、 東京を旅する人。
それぞれにとって極めて個人的な東京の風景を、 写真家・ホンマタカシが切り取る。

写真:ホンマタカシ 文・編集:落合真林子 (CLASKA)


Vol.51 冨樫チト (ダンサー/「MAIN TENT」 店主) 

 

PLACE : 吉祥寺 (武蔵野市)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Sounds of Tokyo 51. ( Harmonica Yokocho )


「吉」 祥寺。 名前がそもそも良いのです。
なんとなく、 良いことが起きそうな街という感じがするじゃないですか。

富士山の麓の街で生まれ育って、 大学進学を機に上京しました。
学生時代の4年間は国立で暮らして、 卒業後吉祥寺に。 今年で26年になります。

言われてみたら、 なぜ吉祥寺だったんでしょうね。
学生時代からずっとダンスをしてきてエスニックなものが好きだったので、 レゲエが流れるミュージックバーとか 「むげん堂」 は、 きっかけの一つだったかもしれません。

井の頭公園の存在も大きいと思います。
ヒッピーのおじさんがいたり色々な香辛料が売られていたり……自分を受け入れてくれそうな雰囲気だなと感じましたし、 吉祥寺について深く知らずとも 「この街がいいな」 という直感めいたものを感じました。 “しっくりきた” というか。

引っ越してきたばかりの頃は、 井の頭公園でよくフリマをしていました。
自分にとっての 「吉祥寺第1期」 ともいえるその時期に、 音楽をやっている人や絵を描いている人など様々な人との繋がりが生まれて、 その縁は今も続いています。
その後しばらくして、 ハモニカ横丁にある 「ハモニカキッチン」 で手塚一郎さんという男性に出会うのですが、 そこから僕の 「吉祥寺第2期」 がはじまりました。

当時のハモニカ横丁は現在のように明るく賑わいのある場所ではなくて、 基本的にあまり健全ではないというか 「一人で行っちゃいけないよ」 と言われるような場所でした。

ある日の夜、 吉祥寺に帰ってきたら真っ暗な横丁の中に明かりがついている店を見つけて 「なんだあそこは」 と。 足を運んでみたら、 手塚さんが仕掛け人となって生まれたハモニカキッチンという店でした。
居心地の良さと手塚さんの人柄に魅了されて店を訪れた翌日にバイトの面接の申し込みをしたのですが、 当時ドレッドヘアだった僕に手塚さんが 「その身なりで早稲田大学を出てるっていう違和感が面白い」 と。 結局、 ろくに面接もせずに合格ということに (笑)。 それから約10年間バイトさせてもらいました。

この街の一番の魅力は、 個人のパワーがまだギリギリ通用する街であるところだと思っています。
絵本に出てくるような、 〇〇さんがやっているパン屋、 〇〇さんの花屋……という感じで店主の顔が見える店が多いですし、 それらが街の顔にもなっています。
会議室から生まれた “洗練され整えられた” 企画ではなくて、 個人の思いつきや情熱からつくられたお店やイベントが、 まだなんとか受け入れられる街。 ……というより、 そうであり続けるために闘っている街なのかな。 しかものんびりと。

とはいえ、 静かな変化は当然あります。
コロナ禍で老舗の飲食店もいくつか閉店してしまいましたし、 家賃の高騰で空きテナントも目立ちます。 そうすると当然、 力のある大企業やチェーン店が進出してくるという流れになるわけで。
ある日突然スーツを着た人たちが集まって華やかなオープニングパーティが行われて、 気が付いたら数か月で撤退していくという光景はしょっちゅうです。

そういうことに対して 「そうじゃないんだよな」 と対抗しているのが吉祥寺という街で、 その象徴がハモニカ横丁だと思います。
吉祥寺が吉祥寺たる所以というか、 横丁があるから吉祥寺は “おしゃれな街” にならずに済んだんじゃないでしょうか。 そうならないための最初の杭を打った人として、 僕は手塚さんを尊敬しています。 直接本人には言いませんけどね (笑)。

この街の住人になって26年。 結婚をして子どもが生まれて、 自分自身のライフステージも大きく変わりました。
かつては、 単に 「吉祥寺、いいなぁ」 という感じだったけど、 今は当事者になったというか街にぐっと入り込んでいる感じがあります。 娘を育てる街であり、 店を構えてからは 「自分でつくっていく街」 にもなりました。

2015年に古本屋をはじめた時、 はじめて 「社会の一員になった」 「もしかしたら自分によって社会が良くなるかもしれない」 と思えたんです。
ダンサーも人を楽しませる仕事ではあるんですけど、 決して社会の歯車の一つではない。 歯車にならない人生を生きてきた故の “歯車への憧れ” って、 やっぱりあるんですよ。
それを仲間に言ったら 「古本屋の店主でそんなこと言ったやつははじめてだろう」 って笑われましたけど (笑)。
お客さんが来てくれて、 買ってくれて、 喜んでくれて。 そういう街の本屋になりたいなと思っています。

吉祥寺は、 あらゆる “距離感” がちょうどいい街。
自然もあるし都会的な便利さもある。 良い所取りで、 どっちつかずで、 優柔不断。 でも、 何となく心地が良い。
街自体も横の繋がりが実は弱くて、 連携して何かに取り組むということがあまりありません。
でもお互いのことは何となく知っていて、 街を歩けば知っている誰かに会う。 それが吉祥寺です。

あらゆるものが目の届く範囲にあるというのは、 やっぱり気持ちがいいものですよ。


Profile
冨樫チト Chito Togashi


ダンサー、 絵本児童書専門古書店 「MAIN TENT」 店主。 富士の裾野の大自然の中、 植物画と読書と空想の幼少期を過ごす。 早稲田大学在学時よりプロダンサーとしての活動を開始。 舞台演出、 振付け、 インストラクター、 バックダンサーなど、 踊りに関わる全てに携わる傍ら、 持ち前の遊び心で、 空間演出、 デザイナー、 リゾートホテルのライブラリーの選書、 壁画の製作、 ライブペイントによる3Dトリックアートの製作など、 無数のわらじを履く。 2015年2月、 フランソワ・バチスト氏として、 住まいのある吉祥寺に絵本児童書専門古書店 「MAIN TENT」 をオープン。 著書に 『MAIN TENT流絵本の選び方』 がある

HPhttp://maintent-books.com/
Instagram@maintent_books

東京と私