TOKYO AND ME
東京で暮らす人、 東京を旅する人。
それぞれにとって極めて個人的な東京の風景を、 写真家・ホンマタカシが切り取る。
写真:ホンマタカシ 文・編集:落合真林子 (CLASKA)
Sounds of Tokyo 48. ( JIMBOCHO "SABOR" )
音楽は子どもの頃からずっと好きだったのですが、 巡り巡って今こういうことになっていまして。
本業である詩や文学と並行してギター制作をはじめてから、 15年くらい経つんじゃないでしょうか。
私は一日の大半をこの部屋で過ごしているのですが住まいはまた別にあって、 ここはギターをつくったり楽器を弾いたり、 書きものをする場所として使っています。
生まれは港区の高輪で、 実家は 「グランドプリンス新高輪」 などホテルが立ち並ぶエリアにありました。
私が小さい頃はまだホテルが建つ前でしたから家の周りは野っぱらというかジャングルのような感じで、 ご近所さんはあまりいなかったと思います。
通っていた幼稚園は泉岳寺のほうにあって、 園からの帰りに友達と遊ぶこともあったような気もしますけど、 決して友達が多いタイプではありませんでした。
幼稚園の途中にパリへ引っ越して、 小学3年までむこうで暮らしました。
楽しい思い出もそれなりにあって友達も何人か出来ましたが、 基本的に放課後は家で過ごすことが多かったですね。 何もすることがないから、 レコードを聴いたり児童書を読んだり。
パリでの生活が後のフランス文学者という仕事に繋がっていったかというと……まあ、 そういう側面はあるのかもしれませんね。
さて 「東京と私」 ということなんですが、 実は街と密な触れ合いをした記憶があまりありません。
たとえば、 大学生活を経てその後勤め先となった 「慶應義塾大学」 のキャンパスがある三田や日吉とは40年以上縁があったわけですが、 どちらの街も決して歩いていて楽しい街ではないですから(笑)。
もちろんキャンパスには思い出がありますが、 街自体にはそれほど。
物書きとしても私は "書斎派" でして、 詩を書きはじめてから現在に至るまで自分の部屋以外の場所で書いたことがありません。
散歩中に見たもの・感じたことなどからインスピレーションを受ける詩人もいると思いますが、 私は昔から目的なく街を散歩する習慣はありませんでしたし、 或る程度大人になってからも家の外で仕事をしたり物を書くことをしてきませんでした。
娘 (作家の朝吹真理子さん) は喫茶店で原稿を書くことが多いようなのですが、 私には信じ難い(笑)。
それでも、 幾つか脳裏に浮かぶ街はあります。
小中高と毎日のように通った九段下、 音楽をきっかけに繋がった銀座、 それから大学時代にたくさんの本と出合った神保町。
年の離れた兄の影響で、 小学4年の頃から音楽に夢中になりました。
今思うと 「大丈夫だったのかな?」 と不思議に感じるんですが、 小学6年の時にザ・スパイダースのライブを観るために銀座のジャズ喫茶 「銀座ACB」 に通っていたんですよ。 子どもだけで、 しかも学校の制服を着たままで。
自然な流れで自分でも楽器を弾いてみたいと思うようになり、 中学高校ではバンド活動もしたりして所謂ロック少年として音楽漬けの青春時代を過ごしました。
そんな生活から一転、 大学受験を機にバンドを辞め、 受験勉強の隠れ蓑として何となく本を読むように。
ところが読みはじめたらすっかり夢中になってしまい、 結果、 慶應義塾大学の文学部に進学することになりました。
大学に入ると、 いわゆる 「文学青年」 が大勢いました。
自分が本を読みはじめたのは受験がきっかけですから、 何といいますか "自分は文学に関して奥手である" という意識があるわけです。
ですから、 大学に入ってからはひたすら乱読の日々でした。
毎日のように神保町に通っては古書店で気になる本を買って、 日本文学もフランス文学も垣根なく沢山の本を読みました。
中でも贔屓にしていたのは、 フランス・ドイツ文学を中心に扱う 「田村書店」 という店です。
田村書店が建つ通りにある古書店を端から端まで一軒一軒訪ねながら2往復くらいして、 ひと通り気が済んだら裏通りにある喫茶店 「さぼうる」 でコーヒーを飲んで帰る、 というのがいつもの流れでした。
今は当時のようなペースで神保町に通うことはなくなりましたし、 本を買う時はあらかじめ決めたものをインターネットで探して買うことがほとんどです。
でもあの頃は、 当てもなく街を彷徨って本との予期せぬ出会いを楽しんでいたなと、 懐かしく思いますね。
若い時は 「向こうからやってくるもの」 がすごく大事だったりしますから。 私自身も、 想像もしなかったものをきっかけに世界が広がっていくという経験を学生時代に何度かしています。
街との密な関わりは持ってこなかったと思っていましたが、 好きなことや趣味を通じて自分なりに繋がってきたのかもしれませんね。
かつて小中高を共に過ごした友人たちは浅草や神田など下町エリア出身の人が多く、 彼らは昔も今も街と密に繋がっているようです。
「三社祭で神輿を担いだ」 という話を聞いたりすると、 彼らに比べて自分は淡泊だなぁと思ったりしますが、 そういうスタンスでも許されるのが東京の良さなんじゃないでしょうか。
つかず離れず適度な距離感で許される東京が、 私は結構好きかもしれません。
Profile
朝吹亮二 Ryoji Asabuki
東京都生まれ。 フランス文学者、 詩人、 ギタールシアー。 1987年、 詩集 『opus』 で第25回藤村記念歴程賞受賞。 翌年、 同作で第1回三島由紀夫賞候補。 2011年、 『まばゆいばかりの』 で第2回鮎川信夫賞受賞。
東京と私