TOKYO AND ME

東京で暮らす人、東京を旅する人。
それぞれにとって極めて個人的な東京の風景を、写真家・ホンマタカシが切り取る。

写真:ホンマタカシ 文・編集:落合真林子(CLASKA)


Vol.44 矢澤剛(「poubelle」 オーナー) 

PLACE:西荻窪(杉並区)

Sounds of Tokyo 44. (Nishiogikubo's drinking district)


東京との最初の接点は、 雑誌のストリートスナップだったと思います。
中学生の後半ぐらいからファッションに興味を持ちはじめたのですが、 当時はまだSNSが存在していなかったので情報源はもっぱら雑誌でした。

地元は山梨の塩山というところで、 高校ではラグビー部に所属していました。 全国大会に出るような強豪校だったものですから、 純粋な休みは年に数回だけ。 その日は中央線に乗って高尾経由で東京へ遊びに行くのが恒例でした。
で、 やっぱりストリートスナップに載りたいから、 当時有名な撮影スポットだった原宿のGAP前に行くわけですよね (笑)。

高校卒業後は、 部活の指定校推薦で東京の大学の人文学部に。
上京当初は具体的に自分がやりたいことが見えていませんでしたが、 在学中に雑誌で見た倉俣史朗さんや吉岡徳仁さんの記事や作品をきっかけにデザインや建築に興味を持つようになって、 大学卒業後は 「桑沢デザイン研究所」 で建築と空間デザインを学びました。

西荻窪で 「poubelle」 をはじめたのは26歳の時。
もともとこの場所には別の古道具屋があって、 桑沢を卒業してから1年半くらいの間、 僕はその店でアルバイトをしていました。

オーナーはお店の他に店舗デザインの仕事もしていた方で、 店を畳むことになった時に 「店舗デザインの仕事を一緒にやるか、 或いはここで、 自分で何かやってもいいよ」 という選択肢をくれました。
それがきっかけで自分の店をはじめて今までずっとですから……もう10年以上、 西荻窪に拠点を置いていることになります。

西荻窪って、 “アンティークの街” 或いは “サブカルの街” というイメージを持っている人が多い街だと思います。 僕が店をはじめた約10年前はその色がだいぶ濃くて、 店の前の通りを散策している人が沢山いました。
でも今はその類の店も減りましたし、 店の周りの人通りもずいぶん少なくなった気がします。 最近の人は、 街歩きじゃなくて SNS でもの探しをするのかな。

もちろん淋しさはありますよ。 でも実は、 自分にとっては今くらいの感じが心地よくて。
昔と比べて街の個性は薄まったのかもしれませんが、 西荻窪に漂う “カテゴライズされない自由な感じ” は、 なかなかいいなぁと思っています。

poubelle には、 “骨董や古道具が好き” という人は実はあまり来ません。

写真が好きだったり、 デザインが好きだったり、 さまざまな趣味趣向を持った方々が足を運んでくださるのですが、 みなさんと会話をする時間がとても楽しくて。 これって、 ネット通販じゃできないことですよね。
今の時代、 実店舗を持たずに運営している店も増えていると思うのですが、 人と人とのダイレクトな繋がりを持つことができるのは、 街の中に店を持つ醍醐味のひとつだなと思います。

そういえば先日、 用事があって台東区の蔵前に出掛けたのですが妙に落ち着かず 「早く西荻窪に帰りたい」 と思ってしまった、 ということがありました。

これまで西荻窪という街について意識したり考えたりすることはほぼありませんでしたが、 ひょんなことからこの街に愛着が芽生えている自分に10年以上経ってようやく、 しかも逆説的に気が付いたかたちです(笑)。
あの落ち着かなさの正体はなんだったんだろう? と考えてみたのですが、 多分コンセプチュアルなカフェやショップが並んでいる感じが…… 「つくられた街」 という感じがして、 僕にとっては違和感があったのかと。

大きな再開発も無いし、 西荻窪の風景の大枠はこの10年で変わっていないと思います。 でも自分の店の風景、 つまり扱うものは大きく変わりました。

ものの見え方って自分のコンディションで変わるから、 「いいな」 と思うものは結構変化するんです。
影響を受けやすいし受けたいタイプだから、 「これが一番」 とは決めつけたくない気持ちがあって……。 それはつまり、 「なんでもいい」 という言葉にも置き換えられるかもしれません。
だから、 例えばうちの店が青山とか表参道とか別の場所にあってもいい気がしますけど、 ここから動こうとは思わないです。
思い入れがあるというよりは、 単に居心地がいいから。

うまく言えないんですが、 自分にとって西荻窪はそういう街なんです。


Profile
矢澤剛 Tsuyoshi Yazawa


1987年、 山梨県生まれ。 2012年に桑沢デザイン研究所卒業後、 2014年に西荻窪に 「poubelle」 を開店。

Instagram:@poubelle0702

東京と私