TOKYO AND ME

東京で暮らす人、 東京を旅する人。
それぞれにとって極めて個人的な東京の風景を、 写真家・ホンマタカシが切り取る。

写真:ホンマタカシ 文・編集:落合真林子 (CLASKA)


Vol.58 Katy Cole (「LOCALE」 シェフ) 

 

PLACE : 学芸大学 (目黒区)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Sounds of Tokyo 58. (Lunch time at "biji")


はじめて東京を訪れたのは 2013 年。
当時私はサンフランシスコのレストランで働いていたのですが、 ある時店が改装作業に伴ってしばらく休業することになり、 まとまった休暇をとれることになりました。 そこで突発的に 「東京に行ってみよう」 と思ったんです。
出発したのはその2日後。 東京に対して何を期待したらいいのかもわからないくらい、 急なひとり旅でした。

それまで私と東京の接点は、 ほぼゼロ。
強いて言うなら、 写真家のトッド・セルビーが世界各国の飲食店を紹介した本 『Edible Selby』 の中で東京の居酒屋が紹介されていて、 そのページを見ていたこと、 くらいでしょうか。

宿は銀座のビジネスホテルをチョイスして、 途中で下北沢の Airbnb に移動しました。
目にするもの全てが驚きに満ちていて、 出会った人たちは皆フレンドリーで優しくて……。
もちろん、 あちこちで色々なものを食べましたよ! 焼き鳥屋で食事をしながらホッピーやハイボールなどありとあらゆるお酒を試していたら、 深夜3時になってしまって (笑)。 すっかり酔っぱらってしまったのはいい思い出です。

現在自分がレストラン 「LOCALE」 を営んでいる場所にも足を運びました。
ここにはかつて 「BEARD」 というレストランがあって、 今では大切な友人の一人となった原川慎一郎さんが腕を振るっていました。 カウンターに座って彼の料理を食べながら 「いつか、 自分もこういう店を持てたらいいな」 と思ったんです。 まさかその数年後にその夢が叶うなんて、 当時は想像すらしませんでしたが。 しかも、 同じ場所で。

行きあたりばったりの旅でしたが、 なぜか 「自分はまた東京に戻ってくる」 という確信を得たことをはっきりと覚えています。 理由はうまく説明できないのですが……まあ、 直感みたいなものですね。

そして 2 度目の来日の際に飛行機の窓から東京の街を眺めた時、 「やっぱりここが自分のホームだ」 という感情が溢れてきたんです。
もちろんサンフランシスコや LA に対しても似たような感情を持ちますが、 まさか日本に対してこういう感情を持つことになるなんて! 自分でも驚きました。

以来、 サンフランシスコと東京を行き来する中で様々な縁が繋がり、 幸運なことに代官山の 「GARDEN HOUSE CRAFTS」 の立ち上げスタッフとしてメニュー開発を手掛ける機会を得て、 それと同時に東京での生活がスタートしました。 2015年のことです。

生活の場として選んだのは学芸大学。 なぜ学芸大学だったのか? これに関しても、 特にはっきりとした理由はないんです。
たまたま学芸大学にあるレストランで食事をする機会があって、 その延長で街をぶらぶら散歩したんです。 コーヒーショップに入ってみたり、 公園を散歩したり……。 その時 「この街に住みたい」 と、 直感的に思いました。

学芸大学を選んで正解だったと思います。
小さな子どもを連れたファミリー、 お年寄り、 それから若い学生たち。 様々なライフステージの人たちが暮らしているからか、 多種多様の感情がミックスされているような空気感があって、 とても居心地がいいんですよね。

駅の改札を出たところから左右に伸びる商店街は、 この街の象徴だと思います。
八百屋、 ヘアサロン、 クリーニング店、 書店、 定食屋に酒屋。 大型のチェーン店よりも、 個人が営む小さな店が元気な印象がありますよね。 一つひとつのお店に店主の "ハート" を感じて、 なんだか嬉しくなります。

面白いなぁと思うのは、 同じ日に同じ人と何度もすれ違うこと (笑)。
東京にはこんなに大勢の人がいるというのに、 この街には名前の知らない知り合いが何人もいる感覚で、 まさに 「スモールコミュニティ」 ですね。 このサイズ感が、 自分には合っているんだと思います。 渋谷にあるような高層ビルや妙な賑やかさもないし……空が広いところも気に入っています。
私は陶芸が趣味で上目黒に陶芸をするためのアトリエを持っているのですが、 アトリエへはもちろん目黒にある自分のレストランにも自転車で行ける距離で、 そんな立地の良さも好きなポイントの一つですね。

学芸大学に "東京らしさ" を感じるかと聞かれたら、 よくわからないけど……。
そういえば、 駅から近いエリアにいわゆる立ち呑み屋があるのですが、 混んでいる時は狭いところに人がギューギューに詰まって賑やかで、 すごく東京らしい光景だなぁと感じます。
一般的な飲食店は、 席が埋まっていたら 「すみません、 満席です」 と断る店がほとんどでしょう? でもその店は、 明らかにカウンターが埋まっているのにお客さんをどんどん入れるんです (笑)。

2017 年に自分の店をはじめた時、 「色々な人にとっての "家" のような存在でありたい」 と思いました。 あれから 8 年の月日が経って、 自分が思い描いていたコミュニティをつくることができつつある、 という実感があります。

そういえば、 店の名前を 「LOCALE (ロカール)」 にしたのは、 こんな理由がありました。
似た言葉の 「LOCAL (ローカル)」 には "近所の" あるいは "地域の" といったような、 ある種公共的なニュアンスがあるけれど、 「LOCALE」 はより私的な意味合いがあるんです。
「いつでも訪れてもいい、 私の家のような場所」 というような、 個人と個人の関係性を想起させる言葉なんですね。

ご近所さんで度々足を運んでくれる人もいれば、 嬉しいことに国内のみならず世界のさまざまな国から私の料理を食べるために多くの人がここを訪れてくれます。
最初は他人同士として席を並べていた人たちが、 店を出る頃には友人のようになっている……そんな光景を何度も見てきました。
これは私の感覚ですけど、 東京は他の都市に比べてコミュニティの繋がりが深い街なのではないでしょうか。

東京で暮らしはじめてから今年で 10 年。
人やコミュニティ、 あらゆる場面において東京との繋がりは深くなる一方で、 ここが自分のホームなのだと改めて実感する日々です。


Profile
ケイティ・コール Katy Cole


米カリフォルニア州ロサンゼルス生まれ。 サンフランシスコの 『ル・コルドン・ブルー』 で料理を学び、 「Fork」 や 「Scott Howard」 といったレストランで経験を積んだのち、 2013年10月に初来日。 2015年代官山にオープンした 「GARDEN HOUSE CRAFTS」 のキッチン立ち上げやメニュー開発、 マネージメントまで手掛け、 2017年に自身のレストラン 「LOCALE」 を目黒にオープン。 2025年3月には新店舗 「wine bar juni」 をオープンした。

Instagram@localetokyo

東京と私