堀井和子インタビュー

堀井和子さん・啓祐さん Interview

1丁目ほりい事務所 企画展/
「モビールと・・・」

連載 「いいもの、 好きなもの」 でおなじみの堀井和子さんが 「1丁目ほりい事務所」 として行う企画展が間もなくスタートします。
ご主人と二人ではじめたものづくりの試みは、 今年で 15 年目を迎えました。
今回のテーマは 「モビール」。
作品が生まれた背景や、 お二人ならではの "ものづくりのかたち" についてお話を伺いました。

写真・文:落合真林子(CLASKA)




Profile
1丁目ほりい事務所


料理スタイリスト・粉料理研究家として、 レシピ本や自宅のインテリアや雑貨などをテーマにした書籍や旅のエッセイなどを多数出版してきた堀井和子さんと、 ご主人の堀井啓祐さんが2010年に設立。 CLASKA Gallery & Shop "DO" と共同で企画展の開催やオリジナル商品のデザイン制作も行う。

Interview:「つくる人 Vol.15 “わくわく”を積み重ねた先に
CLASKA ONLINE SHOP連載: 「堀井和子さんの 「いいもの、 好きなもの」


──前回の展示から約1年半。 今回の企画展は 「モビール」 が主役ですが、 構想自体は約 5 年前からあったそうですね。

堀井和子さん (以下、 敬称略):
確か 2020 年のことだったと思うのですが、 CLASKA ディレクターの大熊さんから 「次回のテーマはモビールでどうですか ?」 という提案をいただきました。 でも、 その時はあまりピンとこなかったというか、 自分たちには難しいのでは ? と感じたんですね。

堀井啓祐さん (以下、 敬称略):
果たして、 モビールという名前のとおり構造的にきちんと動くものをつくれるのだろうか? という疑問がありました。

堀井:
ただ、 気がついたら提案をいただいてから随分と時間が経ってしまって、 宿題を残したままになってしまっていたので……(笑)。 まずは、 ひとつつくってみようということで、 作家の長谷 泉さんに相談してみたんです。 「こういう感じのもの、 できたりしますか ?」 とスケッチをお渡ししたら、 第一作目にして想像していた以上にモビールとして完成されたものが出来上がってきて。

堀井和子

最初に完成したモビール。 三角形の土台がキリっとした印象。


──長谷 泉さんは、 お二人のものづくりのキーパーソンとも言える方で、 これまでも色々な作品の制作に携わってらっしゃいますね。

堀井:
竹ひごや針金を使ったカゴなどをつくっていただいています。 実はもともと、 ものづくりとは全く関係がない業種の会社に勤めていた方なんですよ。 私が描いたスケッチをもとに、 素材の扱い方を自分で調べたり、 技術的なことは YouTube で学んだりしながら仕上げてくださるという、 すごい方なんです (笑)。 もともと手先が器用ではあったと思うのですが、 企画展の回を重ねるごとに技術的に出来ることが増えていて、 私たちも驚いています。

堀井和子

2022 年開催の企画展 「iii+ka の OBJET ものをいれないカゴ 空を飛ばない凧」 で展示販売された、 長谷 泉さん作・竹ひごのカゴ (棚の中段)。



──今回の展示に並ぶモビールは27点。 全て1点ものだそうですね。

堀井:
はい。 サイズも含め、 一点一点全てが異なったものになります。 第一作目が出来上がった後、 オーナメントのかたちや組み合わせ案を考えたり、 土台の素材に関してもアルミ以外の木やガラスのパターンもできるのかな……等々、 まずはアイデアをまとめていきました。

堀井和子
堀井和子

堀井さんがモビールのオーナメントの組み合わせについて記したメモ (写真下)。



──スケッチを拝見させていただきましたが、 自由で捉われていない感じがとても素敵ですね。

堀井:
モビールといえば、 アレクサンダー・カルダーさん。 私もカルダーさんのモビールが大好きなのですが、 自分たちがつくるものがカルダーさんの作品へのオマージュになってしまうことは避けたいなと思いました。 素材選びもそうですが、 特にオーナメントのデザインや組み合わせに関しては "自分たちらしいものが出来そう" という自信のようなものがあったので、 技術的に実現可能かどうかは一旦置いておいて、 まずは自由な気持ちで考えてみました。

──素材はアルミ、 ガラス、 木の3種を使用されたそうですが、 制作を進めていくにあたって何か苦労したことはありますか? 

啓祐:
土台やオーナメントに関しては、 ゼロから新たにつくるものの他に、 ガラスのオブジェやペーパーウエイト、 木製のパーツ等、 これまで制作してきたもので自分たちの手元に残してあったものを積極的に活用してみようということになりました。 今回新たにつくったもので特に時間と手間をかけたものとしては、 山型パンのかたちのガラス製オーナメントでしょうか。 栗の木のツリーのオーナメント制作でお世話になっている 「星耕硝子」 さんにつくっていただきました。 国展や民藝館展に出品なさっている工房で、 お忙しい中、 私たちのお願いをいつも快く引き受けていただきありがたいです。 新たに小さい型を起こしていただいたのですが、 均一な薄さに仕上げるのがとても大変だったようです。

──ガラスは扱いが難しい素材ですものね。 

啓祐:
穴あけは 「木村硝子店」 さんにバトンタッチをしました。 山型パンの小さくて薄いガラスを壊さないように穴を開けるのはむずかしかったそうです。 結構な時間と手間がかかりましたが、 「1丁目ほりい事務所」 にとって目指さなければいけなかったデザインかなと思っています。


堀井和子


──アルファベットのアルミ製オーナメントも、 ユーモアがあって素敵ですね。

堀井:
これは長谷 泉さんによるもので、 私が手書きしたアルファベットを拡大して、 その通りにアルミを切り取ってくださったんです。 工学的なことや構造を考えるところからスタートしたらもう少し固い印象のものになったと思うのですが、 1丁目ほりい事務所らしい、 おおらかでゆったりとした印象のモビールになりました。


堀井和子

──モビールって、 ものとして 「理系か文系か」 といわれたら、 理系という感じがするじゃないですか。 でも、 お二人のモビールはなんだか文系の香りがしますね。

堀井:
確かにそうですね(笑)。 これまでつくってきたうつわやカゴ、 ポスターなどとは少し違って、 モビールは自分たちの生活にそこまで密接なものではなかったからこそ自由に考えられた側面もあるかもしれません。 あとはやっぱり、 長谷 泉さんが面白がって色々と技術的なチャレンジをしてくださったことが大きいですね。


モビールを眺める時間

──お二人の生活とモビールはそこまで密接な関係ではなかったというお話がありましたが、 今回のものづくりを通してモビールという "もの" に関して何か新たな発見はありましたか?

堀井:
軽快な印象ではあるけれど、 生活空間に置いてみると意外に存在感がありますよね。 その場の空気を変える力があるなと思いました。

啓祐:
影も綺麗だよね。 思わずじっと眺めてしまう。

堀井:
影もそうだし、 風で動いたり、 光があたるとキラキラ光ったりして目が離せないんです。 これまであまり経験したことがなかった 「モビールと共に時間を過ごす」 という楽しみも知りました。 それで、 今回の企画展のタイトルは 「モビールと…」 にしたんです。

堀井和子

完成したモビールを記録した写真。



──ギャラリーに並んだ様子を見るのが楽しみです。 そして今回の展示会場には、 モビールの他に陶板やプレート、 堀井さんが過去に撮影したフランスの写真、 そしてお菓子などさまざまなアイテムが並ぶ予定です。

堀井:
アパートメントのプレートは私がスケッチした絵をベースに、 そして陶板作品は過去の企画展の際につくったポスターの絵柄をもとにしています。 いずれも 「モーネ工房 ・ seiken 工作所」 につくっていただきました。 最初は 「このサイズで均一な薄さのものをつくるのは難しいかも」 とおっしゃっていたのですが、 とても綺麗に仕上げてくださりとても嬉しかったです。 フラットなオブジェとして楽しんでいただいてもいいですし、 アパートメントのプレートに関しては大きさもそこそこあるので、 お菓子をのせてサーブしても素敵だと思いますよ。

堀井和子

「アパートメントのプレート」。 堀井さんが描いた線がそのまま生かされている。



──堀井さんが撮影した90年代のフランスの写真を、 改めてプリント・額装して展示するという取り組みも、 とても興味深いです。 これはどのような経緯で?

堀井:
90年代に出版した『早起きのブレックファースト』 と 『アァルトの椅子と小さな家』 という二冊を文庫本にして、今年のはじめに表紙カバーを変えて再販することになったんです。 それぞれの本に自分で撮った写真を掲載していたのですが、 グラフィックデザイナーの若山嘉代子さんにレイアウト作業を進めていただく中で写真のポジを確認する必要が出てきて、 久しぶりに実家のクローゼットに保管していたものをチェックしに行ったんですね。 そうしたら、 思っていたよりもいい状態でポジが残っていて。

──それはすごいですね。

堀井:
最後にフランスを訪れたのは 2013 年なのですが、 90年代は主人と一緒に 2、 3 年おきにフランスを旅行していました。 当時撮った写真を改めて見てみたら、 マルシェのものの並べ方が今よりもアーティスティックな雰囲気で面白いなぁと感じたり、 写真によっては経年による色の変化もあったりしたのですが、 それが逆にノスタルジックで新鮮さを感じました。 いくつか選んでプリントしたものを 「GALLERY CLASKA」 の柳川さんにお渡しして、 柳川さんが選んでくださった 10 点を額装して展示販売することになっています。

──どんな写真が展示されるのか楽しみです。 これまで出版された著書には、 堀井さんが撮影した写真が数多く掲載されていますが、 そもそも写真を撮りはじめたきっかけは何だったのでしょう?

堀井:
主人のアメリカ転勤をきっかけに渡米することになった時、 実家の父に餞別としてフィルムカメラを買ってもらったことがきっかけです。 父からは 「着物を買ってあげるよ」 と言われていたのですが、 着物じゃなくてカメラがいいとお願いして。

啓祐:
そういえばそうだったね (笑)。

堀井和子


──ちなみに、 フランスはどのエリアに行く機会が多かったんですか?

啓祐:
パリではなく、 地方の田舎街ですね。 最初は 「マーグ財団美術館」 があるヴァンスなど南仏、 プロヴァンスに行くことが多かったのですが、 最終的には二人とも南西部が好きだねということになって。

堀井:
ミディ・ピレネー地方とかね。

──CLASKA ONLINE SHOP の web magazine の連載 「いいもの、 好きなもの」 にも、 時々フランスを旅した時のエピソードが登場しますが、 当時からだいぶ時間が経っているにも関わらず、 記憶の解像度が高くていつも驚かされます。

堀井:
名所旧跡や美術館が目的というよりは、 「田舎町のホテルの綺麗な庭で朝食を食べたい」 とか 「地元の家庭料理が食べたい」 みたいなことが目的の旅だったので……。 じっくりマルシェを見て回ったり、 庭で長時間ぼーっと過ごしてみたり、 朝ごはんにたっぷり時間をかけてみたり。 時間の流れも随分とゆったりしていましたし、 ガイドブックを頼りにするというよりは自分の勘を働かせるタイプの旅だったので、 その分しっかり記憶に刻まれたのかもしれません。

堀井和子

暮らしの中にあって、 心地いいもの

──1丁目ほりい事務所は、 今年 15 周年を迎えました。 今回の企画展のためのものづくりを終えてみて、 いかがですか?

堀井:
今回のモビールもそうでしたが、 つくり手として関わってくださる方たちが制作の過程を面白がってくださるということに感謝しています。 「こういうものがあったらいいな」 というところからスタートして、 皆であれこれ意見交換をしながらものづくりを進めていくことがとても楽しくて。 いつからか 「今までコツコツ続けてきたことが役に立っているな」 という実感も得られるようになりました。

啓祐:
関わってくださる方々が 「これはちょっと難しいかも」 と言いながら、 面白がって楽しみながらやってくださることがとても嬉しいですね。 前回に引き続き参加をしてくださる 「LE CAFÉ DU BONBON」 の久保田さんに至っては、 家内が 「今回のテーマはモビールなんです」 とお伝えしたら 「じゃあ、 お菓子にも紐をつけましょうか!」 と提案してくださったり (笑)。

堀井和子

「LE CAFÉ DU BONBON」 のお菓子はこちらの箱にセットされて販売予定。



──"チーム力" が強まってきている印象ですね。 先ほど 90 年代に出版された本の話がありましたが、 堀井さんって一人で何でも出来てしまう方、 という印象があるんです。 文章に写真、 料理もスタイリングもイラストも。 でも今は、 色々な方と一緒に分業でものづくりをされていますね。

堀井:
15 年前に主人とふたりで 1丁目ほりい事務所をはじめたことをきっかけに、 自分の "苦手なこと" を知ったことはとても大きいと思います。 たとえば私、 メモやスケッチならいくらでも書けるんですけど、 キーを押すのが遅いので手書きの原稿を主人にメールしてもらっていて。 その他にも苦手なことが色々と発覚して、 「自分が苦手なことは、 得意な人に任せよう」 と。 そうして色々な方の力を借りながらものづくりをしているうちに、 色々繋がったり、 広がってきたという実感があります。

堀井和子


──改めて伺いますが、 「自分たちらしいものづくり」 とは、 どのようなものだと思いますか?

堀井:
15年前、 20年前につくったものを見て 「いいものつくったよね」 って思えるものをつくりたい、 という思いは変わらずありますね。 沢山数をつくれなくていいから、 ありそうでなかったものだったり、 自分たちが本当に好きだと思うものを……。

啓祐:
そうだね。

堀井:
モビールでもうつわでもカゴでも、 個性が強いものだと生活空間に取り入れた時に浮いてしまうじゃないですか。 そういうものではなくて、 今まで大切にしてきたものと一緒に並べた時に 「気持ちいい」 と感じられるようなものをこれからもつくっていきたいです。 作家ではなくアーティストでもない 「1丁目ほりい事務所」 として何ができるのかということが、 この 15 年で少しずつ分かってきました。 これからもこの気持ちを大切に、 活動していけたらと思っています。





Information
企画展 「1丁目ほりい事務所 モビールと・・・」


会期:2025年3月29日(土)〜4月13日(日)
*堀井和子さん在店予定日:3月29日(土)
営業時間:水曜〜日曜 12:00〜17:00/月・火曜休廊
会場:GALLERY CLASKA (東京都港区南青山2-24-15 青山タワービル9F)
●東京メトロ銀座線「外苑前」駅 1b 出口より徒歩1分

<出品アイテム>
モビール/陶板/アパートメントのプレート/フランス旅行の写真/「LE CAFÉ DU BONBON」 の焼き菓子セット/「&Anne」 のワッフル/ガラス製品/栗の木のツリー(企画展特別バージョン)/食器/書籍/トートバッグ ほか

※一部の商品は会期終了後のお渡しとなります。