「ボクはおじさん」の買い物再入門!

第4回 : ディック・ブルーナの自転車 
PALM GARAGEの 「Brighton」

文・イラスト:大熊健郎 写真:馬場わかな 編集:落合真林子(CLASKA)


 補助輪無しの自転車に乗れるようになったのは確か小学校2年生の時だった。 友達にひとり遅れをとっていた私を、 父は日が少し落ちかけたころを見計らって人気のない公園に連れ出した。 乗る前から 「無理だ、 きっと転ぶ」 と自己暗示をかけずにはいられない性格だったので、 その通りに繰り返し転んだ。

 そんなことを思い出しながら子どもの補助輪なし自転車デビューの練習に向かったのだが、 人一倍用心深く、 運動神経も人並みな息子があっさり乗れたので拍子抜けした。 そう、 近頃の子どもたちは幼児の頃から 「ストライダー」 なるペダル無し小型二輪車に乗っているせいか、 バランス感覚が無意識に身につくのだろう。 この時ほどアイデア (ストライダー) とメソッド (ストライダーで練習する) が人に与える影響の大きさを実感したことはない。

 「自転車」 で思い出すのは、 あの 「ミッフィー」 でおなじみのディック・ブルーナである。 ブルーナが大好きな私は昔、 ある雑誌に掲載されていたブルーナさん愛用の自転車の写真に目が釘付けになったことがある。 なんとも味わいがあり、 クラシックで質実剛健な佇まい。 キャプションには 「ラレー社」 というイギリスの老舗自転車メーカーのものだと書いてあった。 ロードスターと呼ばれるこれぞ自転車と言いたくなるようなかたちの自転車だった。

 「これだ! これこそ我が自転車に求めていた世界観だ! 」 とばかりにときめいた私は、 以来このロードスタータイプの自転車を盗難や故障に見舞われながら数台乗り継いできた。 しかしながら最近、 自転車通勤だったのが電車通勤になり、 家族構成が変わり、 また住んでいるマンションの駐輪場事情の影響等、 様々な環境の変化が生じてついにマイ自転車を手放す状態にまで陥ってしまったのである。

 半世紀近く自転車と苦楽を共に過ごしてきたのにマイ自転車のない生活なんて……、 としばらく喪失感に苛まれていたある日、 私はインスタの画面に映るある自転車の姿に目が止まった。 明らかにロードスタータイプのクラシックなスタイルでサドルはレザーサドル、 ハンドルのグリップも好みのクリーム色と条件は揃っている。 なにやら内なる興奮が急激にこみ上げてきた。

 その自転車は大阪にある 「パームガレージ」 という自転車屋さんのオリジナルモデルで 「Brighton (ブライトン)」 という名がついていた。 といってもただのオリジナルではない。 この自転車誕生の背景には、 先代のご主人が80年代にニューヨークで出会い、 魅せられたラレー社のロードスターへの憧れと、 いつか自分の手でそれをつくりたいという強い想いが、 時を経て実現したというひとつの物語がある (詳しくはパームガレージさんのHPをご参照ください)。

 ブルーナさんは彼の描く絵本とそのキャラクターが世界中で愛されるようになってからも30年以上、 愛車のラレーに乗ってユトレヒトにある自宅から仕事場まで通っていたという。 ブルーナさんの自転車に感じる魅力は、 単にそのデザインにあるのではなく、 実直さと人間的な温かみが滲み出るブルーナさんの暮らしぶり、 加飾のないシンプルなライフスタイルと自転車との調和にこそあるのだろう。 そんな風にこの自転車と一体化できる日が来るまで、 少しでも長く乗り続けたいと思っている。


Profile
大熊健郎 Takeo Okuma

1969年東京生まれ。 大学卒業後、 イデー、 全日空機内誌 『翼の王国』 の編集者勤務を経て、 2007年 CLASKA のリニューアルを手掛ける。 同時に 「CLASKA Gallery & Shop "DO" 」をプロデュース。 ディレクターとしてバイイングから企画運営全般に関わっている。

>>CLASKA ONLINE SHOP でのこれまでの連載
> 「21のバガテル」 (*CLASKA発のWEBマガジン「OIL MAGAZINE」リンクします)


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