TOKYO AND ME
東京で暮らす人、 東京を旅する人。
それぞれにとって極めて個人的な東京の風景を、 写真家・ホンマタカシが切り取る。
写真:ホンマタカシ 文・編集:落合真林子 (CLASKA)
Sounds of Tokyo 55. (May Inoue playing guitar during a portrait session.)
いわゆる 「音楽一家」 ではありませんでしたが父が洋楽とギターが好きな人で、 楽しそうに楽器を弾く様子を見ながら育ちました。
スケートボードをはじめ、 ジャグリングなど興味を持ったものを色々と試しましたが、 中3の夏にギターを弾くようになった時にすごくしっくりきたというか、 「これだな」 と思ったんですね。
以降、 本格的に音楽にのめり込んでいくことになります。
地元は神奈川県の川崎市で、 高校進学をきっかけに東京都内へ通うことが日常になりました。
自宅から高校がある白金台までは田園都市線、 大井町線、 目黒線と3つの電車を乗り継いで約40分。 道中はいつも爆音でジャズを聴いていました。
今思えば周りの方に申し訳ないのですが……イヤホンからがっつり音漏れしていたと思います (笑)。
白金台駅から 「八芳園」 の前の桑原坂を下って学校へ。
もちろんジャズを聴きながら歩くわけですけど、 毎日歩いている道なのに聴いている曲によって風景の見え方が違うんです。
例えばジョン・コルトレーンを聴いている朝なんかは、 とてもじゃないけど友達に 「おはよう!」 と爽やかに挨拶をする気分にはなれない。 学校に到着する前に 180 度ターンして家に帰ったこともありました (笑)。
逆に気持ち的に調子が良くなる曲を聴いている日は、 馴染みの風景がキラキラして見えたりして。
こんな感じで音楽の記憶と風景が結びついている道なのですが、 特に好きだったのは校門の少し手前のカーブがあるあたり。
なんか、 趣があっていいんですよね。
桑原坂では、 こんなこともありました。
夏休み中、 誰にも会わずに家に引きこもってギターの練習をして、 休み明けの登校時に久しぶりに友達に会ったから笑顔で挨拶しようと思ったら、 表情筋を使ってなさ過ぎたせいなのか顔が攣ったんですよ (笑)。
こんなエピソードも含め、 いろいろと思い出がある道です。
高校生活はギターとジャズ一色。 といっても、 学校で友人達とバンドを組むとかではなく、 学校が終わったら誰よりも早く校門をくぐり抜けることを信条としていました。
友達からは怪しまれていたかもしれませんね。 あいつ、 いつもあんなに急いで帰って変なやつだなぁとか。
帰宅後は、 寝る間も惜しんで延々とギターの練習をしていました。
おそらくこれは中高生特有の感覚かもしれませんが、 皆が好きなメジャーなものではないところで "面白いもの" を発見することが自分のアイデンティティになっていたというか…… 「ジャズを知っているのは自分だけだ」 という感じで、 ちょっと得意になっていた部分もあったんじゃないかと思います。
こんな感じで自宅で自主練に励む日々でしたが、 高校3年になると高田馬場にあるジャズライブハウス 「イントロ」 という店に通うようになりました。
イントロはセッションが名物の店で、 毎週土曜は夕方から朝の5時までぶっ通しでセッションが行われるんです。
夜が深くなるとライブを終えたプロのミュージシャンの方たちが来て、 セッションに参加したりすることもあるんですよ。 それこそ、 自分がステージを観に行っていたような方とかも。
気が付けば毎週通うようになり、 どんどん大人の知り合いが増えていきました。
イントロでご縁をいただいた方の中の一人に、 ベーシストの鈴木勲さんという方がいます。
知り合った時は既に70代で大先輩でしたが、 ありがたいことに高校3年の時に鈴木さんのバントに入れていただいたことが一つのきっかけになってミュージシャンとしてのキャリアがスタートし、 現在に至ります。
人によってタイミングは異なるかもしれませんが、 あの3年間は好きなことだけにエネルギーをとことん注ぐことができた特別な時間だったと思います。 今の自分にとってとても大きな糧になりました。
大人になってから新しいことを習得しようと思っても、 当時のスピード感には到底かなわないんですよね。 たぶん自分のギターテクニックの8〜9割は、 高校生の時に覚えたものなんじゃないかな。
音楽が仕事になって、 ありがたいことに様々な街で演奏をさせてもらうようになり、 音楽の記憶と結びつく街もだんだん増えてきました。
それでもやっぱり、 白金台はどこか特別で。
10代の自分が、 将来への希望や不安を抱きながら純粋な気持ちでひたすら音楽を楽しみ吸収した文字通りの "青春時代" に、 最も長い時間を過ごした大切な街なんです。
Profile
井上銘 May Inoue
ジャズギタリスト。 神奈川県出身。 2011年10月 EMI Music Japanより 「ファースト・トレイン」 を発表。 2017年自身の新しいユニット "STEREO CHAMP" (類家心平tp、渡辺翔太keys, pf、山本連b、福森康ds) を結成し、 これまでに STEREO CHAMP として3枚のアルバムをリリース、 また、 井上銘としては6枚のアルバムをリリースしている。 一方、 サイドマンとしても、 Chara、 藤原さくら、 石若駿など現代日本をリードするアーティストやミュージシャンとコラボレート。 2025年3月には現在のジャズシーンを牽引するDavid Bryant(pf)、Marty Holoubek(b)、石若駿(ds)との国際的カルテットによる最新作アルバム 「Tokyo Quartet」 をリリース予定。
Instagram: @mayinoue0514
東京と私