TOKYO AND ME

東京で暮らす人、 東京を旅する人。
それぞれにとって極めて個人的な東京の風景を、 写真家・ホンマタカシが切り取る。

写真:ホンマタカシ 文・編集:落合真林子 (CLASKA)


Vol.54 塩川いづみ (イラストレーター) 

 

PLACE : 代々木上原 (渋谷区)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Sounds of Tokyo 54. ("andagyoza" at lunch time)


高校卒業後10代の終わりに上京して、 約20年東京で暮らしました。
一度も地元に帰りたいと思ったことは無かった気がしますが、 巡り巡って今は自分が生まれ育った長野で子育てをしながら仕事をしています。

上京のきっかけは大学進学。 「多摩美術大学」 に進学しました。
幼い頃から絵を描くことが好きでしたが、 それが理由で美大に進むことを考えたのではありません。 むしろ 「"やらなきゃいけない環境" で絵を描くのは嫌だな」 と思っていましたし、 自分の世界を広げられるほうがいいだろうという思いで、 現役では普通の四大を受験しました。 でも、 結果は振るわず。
上京後に通った予備校の先生が 「あなたが好きなことは何?」 と聞いてくださったことが一つのきっかけになって、 その年の夏、 美大を目指すことを決めました。

上京して最初に住んだのは高円寺です。 従妹が住んでいたので、 親が 「近くにいると安心じゃない?」 ということで勧めてくれました。
庶民的で、 学生にとって暮らしやすい街でしたね。 いい感じの商店街、 古着屋、 よく通ったお気に入りの喫茶店……思い出もそれなりにありますが、 自分にとっての "東京" といえばやはり、 一番長い時間を過ごした代々木上原です。

多摩美を卒業する少し前から、 代々木八幡にオフィスがあるデザイン事務所でインターンをしました。 代々木上原に引っ越したのはそのオフィスに近いということが大きな理由です。
ある CD ジャケットのイラストレーションを描いたことがきっかけになって、 フリーのイラストレーターとして活動をはじめたのが2007年。 代々木上原は人生における大きな転換期を過ごした街でもあります。

いわゆる、 "刺激的な東京" ではないですよね。

最近はおしゃれな店も増えて東京っぽさがある気がしますけど、 私が住みはじめた 16、17年前は住宅街の色がより濃くて、 「地蔵通り商店街」 も今とはずいぶん様子が違いました。

よく足を運んだのは、 商店街にある 「GAIA」 というオーガニック食材や雑貨を扱っている店や 「按田餃子」。
駅の東口を出てすぐのところにある古本屋にもよく行きました。 何か創作のヒントを見つけたい時にぷらっと足を運んでは本を物色して。
近所の友人と 「ル・キャバレ」 に食事に行ったり、 その斜め前にある 「LE CAFE DU BONBON」 も大好きでしたね。 住んでいた当時は週に何回かカフェ営業をしていたので、 よく足を運んでいました。

自宅があったのは、 駅でいうと駒場東大前と代々木上原の間あたり。 家で過ごす時間も長かったので、 よく自宅周辺を散歩していました。
渋谷へも近いですし、 駒場東大前方面に足を延ばせば 「日本民藝館」 や 「駒場公園」 もあったりして、 今思えばとても便利な場所でした。
そういえば、 「代々木公園」 から代々木上原に向かって歩く道は自分の中ですごく "東京っぽさ" を感じる道なんです。
特に夜。 整えられた木々の傍ら、 暗い中でも沢山の人が歩いていて、 遠くに新宿の夜景が見えたりもして。 真っ暗な田舎の夜とは違って 「ああ、 なんか東京だな」 と思うんですよね。

学生を終えて 「社会」 というものを意識するようになり、 イラストレーターという肩書きで仕事をはじめた街。 代々木上原で暮らした約10年は、 仕事でもプライベートでも多くの繋がりを得た時期でもありました。
東京って "求めれば繋がっていける" という側面があると思うのですが、 あの月日の中で見たものや出会った人たちとの縁が今の自分をつくってくれたんだという意識があって、 そういう意味でも思い入れのある街です。

様々な縁が重なり故郷で二人の子の母となった今、 仕事や自分だけの為に使える時間は東京で暮らしていた頃に比べて圧倒的に少なくなりました。
そういう生活になってもう数年経つのに未だに当時の時間感覚が染みついていて、 仕事のスケジュールを見誤って焦ることがあります(笑)。
自分が描くイラストレーションに関しては暮らす場所が変わったことによる変化は特にないと思っていますが、 東京と長野の暮らしを比較した時に圧倒的に違うなと感じるのは 「インプットできる機会」 の量でしょうか。

東京の街をなんとなく歩いている中で得られる情報や、 向こうから自然とやってくる情報って結構あると思うんですけど、 長野だと 「この本が読みたいからネットで注文しよう」 といった感じで自分主導の極めてピンポイントなインプットが主になるんですね。
街を歩いている人たちの雰囲気から自分なりに何かを感じとったり、 「今、 何がおもしろいのか」 みたいなことを体感できる瞬間がどうしても少ない。

だから正直に言うと、 表現をしたりイラストレーションを描く立場として自分自身をちょっと頼りなく感じることが時々あるんです。 「自分の想像だけで追いついているのかな?」 という気持ちになってしまう。
でも、 或る友人曰く 「今、 東京にいなくて良かったんじゃない? もし東京で子育てをしながら仕事をしていたら、 もっと違う焦り方をしていたと思うよ」 と。
確かにそうかもしれません。 情報が周りに溢れているのに遮断されてしまうということと、 物理的にそうなっているとでは全然違いますよね。

東京を離れて5年。 年に数回仕事で東京を訪れる機会がありますが、 まだ懐かしいという感覚にはならないですね。 居心地がいいなぁ、 という感じかな。

私にとって東京は "追いかけたい" と思うものがある街なんです。
「もっと高みに行きたい」 という気持ちを持っている人が多い街だから、 そういう風が吹いているというか、 より良いものを見たいという自分の気持ちに応えてくれる。 学ぶ機会をくださる方も多く、 そこで培ったことが今の自分を支えてくれています。

そんな東京で暮らしてよかったなって思います。
東京生活の中でのご縁が長い時間をかけて熟して、 今の自分に繋がっていると思うので、 心から感謝の気持ちです。


Profile
塩川いづみ Izumi Shiokawa


イラストレーター。 長野県生まれ。 2006年多摩美術大学グラフィックデザイン科卒業。 広告、 書籍、 雑誌、 プロダクトのイラストレーションを中心に活動するほか、 作品の展示発表も行う。 対象の内面や背景に思いを巡らせて描かれる率直な表現が、 幅広く好まれている。

Instagram@izumishiokawa

東京と私