塩川いづみ展「One」

─ Interview

塩川いづみ展 「One」

 

CLASKAでは15年ぶりとなる、イラストレーター 塩川いづみさんの展覧会が開催中です。
「One」というタイトルに込められた想いや今回の展示作品が生まれるまでのエピソード、
そして塩川さんに描き下ろしていただいたCLASKAのオリジナルキャラクター「MAMBO」について。
塩川さんに沢山のお話を伺いました。

写真:川村恵理 文・編集:落合真林子(CLASKA)



 

Profile
塩川いづみ Izumi Shiokawa


イラストレーター。 長野県生まれ。 2006年多摩美術大学グラフィックデザイン科卒業。 広告、 書籍、 雑誌、 プロダクトのイラストレーションを中心に活動するほか、 作品の展示発表も行う。 対象の内面や背景に思いを巡らせて描かれる率直な表現が、 幅広く好まれている。

Instagram@izumishiokawa
 


──2009年に開催した 「ドーブツ展」 以来、 CLASKA としては15年ぶりの展覧会を開催させていただく運びとなり、 とても嬉しいです。

塩川いづみさん (以下、 敬称略):
あれからもう15年も経つんですね。 こちらこそありがとうございます。 今年、 MAMBO が10周年を迎えたことを一つのきっかけに展示のお誘いをいただいて……ありがたく感じつつも、 はじめは 「今の自分に、 個展は無理だろうな」 と思ったんです。

──それはなぜですか?

塩川:

数年前に出産してから自分なりに育児と仕事をしてきましたが、 今はまだ子ども達が小さいので展示の制作は難しいだろうと思い込んでいました。 そんな後ろ向きな気持ちで展示会場 (GALLERY CLASKA) を見学させていただいたのですが、 いざ会場を見たら高揚感を感じたというか 「絵を描きたい!」 と強く思ってしまったんです。 しばらく個展はできないと諦めていたのですが、 ワクワクしている自分にハッとして……思わず 「やります」 と言っていました。

──そういった葛藤の末に決めてくださったのですね。

塩川:
大変、 やると言っちゃった! と思いつつ、 でも個展をすると決めたらかえって嬉しくて。 今の自分にとってはそれが光だったんだなとも感じましたし、 そういう場所が待っていてくれるということが力をくれました。

塩川いづみ展「One」
 

「One」 というタイトルに込めた想い

──通常、 個展の際はどのような流れでテーマを決めていくのでしょうか? 今回のタイトルは 「One」 ですが、 このテーマに行きついた背景について教えていただけますか。

塩川:
広告や書籍、 雑誌などのクライアントワークは、 あらかじめゴールがありそこに向けて描いていくのですが、 個展の場合はそれとは真逆で "自分の中に潜ってテーマを探す" という作業からはじめることになります。 でも今は自分に使える時間が限られているので、 これまでと同じようにはいかない……どうしよう? と考えた末、 「MAMBO は犬だから、 シンプルに "犬" というワンテーマでひたすら犬を描くことに集中してみるのはどうだろう?」 というところに行きつきました。

──「One」は "ワンテーマ" にかかっている……?

塩川:
それもありますね。 形容詞の "one" が色々な解釈ができていいかなと候補にしていました。 そういえば犬の鳴き声も 「ワン」 だし、 タイトルは 「One」 がいいんじゃないかって。 結果、 このタイトルが展示の核心をついてくるのですが、 最初はそんなことは考えずに軽い感じで決めました。
 

 
塩川いづみ展「One」
 

犬の視線の先にある "何か" を想像する

──ちなみに、 塩川さんは犬と一緒に暮らしたことはありますか?

塩川:
子どもの頃からずっと犬がそばにいる生活を送ってきたので、 自分にとっては一番身近な動物と言えるかもしれません。

──今回の展示では約20種類の犬を描いた作品が並びますが、 ご自身にとって身近な存在である犬をひたすら描く中で、 何か新しい気づきのようなものはありましたか?

塩川:
はい。 描きすすめるうちに気がついたのが、 「犬を犬らしく "存在" させるには、 そこに何かしらの他者との関係性を感じさせる必要があるのではないか?」 ということです。

塩川いづみ展「One」
 

──それはつまり、 どういうことですか?

塩川:
犬って 「関係性」 を強く感じさせる動物だな、 と思ったんですね。 視線の先や隣に誰かがいることだったり、 何かとコミュニケーションしていることを想定して描かないと、 犬らしくならない。 精神的にも身体的にも "誰かと共にいる" 動物なんだということを意識することで犬らしさが表現できる。 2匹の犬に 「One」 と添えた展示のDMにも繋がって自分でもハッとしたりして、 今回の大きな発見でした。

──面白い視点ですね。

塩川:
今回、 ワンテーマで描くという縛りを自分自身に課したことで 「より犬に見えるためにどうしたらいいのかな?」 という考え方になっていきました。 制限がある故にはみ出してくるものがあって、犬だけじゃなくて犬の目線を想像した植物を描いたりもしていますが……それも面白いなと思っています。 色々な意味で、 今このタイミングだからこそ描けた作品なのかもしれません。  

 
塩川いづみ展「One」
 
塩川いづみ展「One」
 

MAMBOのこと

──インタビューの最初で触れていただきましたが、 塩川さんに描いていただいた CLASKA のオリジナルキャラクター 「MAMBO」 が今年10周年を迎えました。 今回の展示会場には、 MAMBO の原画も展示しています。 この機会に、 MAMBO が誕生した経緯についても振り返れたらと思いますが、 実はMAMBOには 「SWAY(スウェイ)」 というフレンチブルドッグの先輩がいるんですよね。

塩川:
そうですね。 SWAY は CLASKA さんのために描き下ろしたものではなく、 もともと作品として描いていたものをディレクターの大熊さんが 「ぜひ商品化したい」 とお声かけしてくださったんです。 その後しばらくして 「違う犬種で何か描いてほしい」 とリクエストをいただいて、 MAMBO はその時にいくつか描いた中から選ばれた子でした。

塩川いづみ展「One」

CLASKAのディレクター大熊が、 長らくデスク横の壁に貼っていたポストカード。 「SWAY」 の元になったイラストレーション。

 

──ちなみに、 塩川さんが MAMBO を描いた時は何か具体的なキャラクター設定等をされたのでしょうか?

塩川:
いや、 まったくしていないですね。 描く時点では名前も決まっていませんでしたし……。 そうそう、 名前が MAMBO になったことを聞いた時、 すごい衝撃を受けたんですよ。 マンボって、 音楽のジャンルでいうとすごく情熱的なものじゃないですか。 衣装もカラフルだし。 MAMBOの表情や佇まいとのギャップがすごいなって。 今となっては妙に馴染んでいるのが不思議です (笑)。

塩川いづみ展「One」
 
塩川いづみ展「One」
 

──MAMBO は 「ビション・フリーゼ」 という犬種がモデルになっているということ以外に、 性別や年齢、 性格などについて具体的な情報を発信していないので、 キャラクターとしては謎が多いんですよね。 でも、 それ故にファンの方がそれぞれ自由な解釈で楽しんでくださっている印象があります。

塩川:
名前が 「MAMBO」 であること。 情報としてはそれで充分じゃないでしょうか。 実在する犬種をモデルにしているので想像上の生き物ではありませんが、 顔だけ見ると白い雲の様にも見えたり、 どこか不思議な感じがしますよね。 そのふわっとした感じを壊したくなかったので……具体的なキャラ設定をしなかったのはよかったんじゃないかと思います。

塩川いづみ展「One」
 

──そして今年、 MAMBO に続く新しいキャラクター 「B.B.(ビー・ビー)」 もデビューしました。 B.B. は、 MAMBOの 「イマジナリーフレンド (空想上の友達)」 という設定です。

塩川:
MAMBOに続くキャラクターを、 という話は4年程前から頂いていて、 最初は MAMBO の部屋の片隅にたまった抜け毛が汚れて黒くなってできた 「毛玉ちゃん」 を提案させていただいたんですよね。 私はいける! って思ったんですけど、 「やっぱり猫がいいです」 というご希望をいただいて (笑)。  

 
塩川いづみ展「One」
 

──そうでしたね (笑)。 B.B.をお披露目するにあたって、 MAMBO と B.B. が出会うまでの物語 (「ひとこまMAMBO 2024 HELLO NEW FRIEND!」) を一緒に考えていただきました。 ちなみに、 B.B. は猫に見えますが、 オフィシャルには 「猫」 だと言ってないんですよね。

塩川:
はい。 MAMBO が猫に憧れているから猫に見えているだけで、 実は10年間たまりにたまった MAMBO の抜け毛の塊……という設定です (笑)。 MAMBO との関係性をあれこれ自由に想像しながら、 末永く可愛がってくださったら嬉しいです。  

 
塩川いづみ展「One」
 

"描くこと" の楽しさ

──話題を展示の話に戻します。 塩川さんは4年ほど前に生活の拠点を故郷の長野に移されて、 家族も増えました。 生活環境やリズムがかなり大きく変わったことと思いますが、 絵を描く時の意識などにも変化は生じましたか?

塩川:
はっきりと実感しているのは、 集中力が高まったということですね。 時間に制約がある中で作品の精度をあげていくことだったり、 良し悪しを見極める速度が上がったり……。 あと、 これは変化ではないですけど 「絵を描く仕事、 好きだなぁ」 と、 改めて実感するようになりました。 これまで頓着なくやってきたつもりでしたが、 描くことに集中できない環境になればなるほど 「しがみついてでもやるぞ!」 みたいな気持ちになって (笑)。

──昔も今も描くものは変わらないけど、 そこに伴う感情に変化が生じたということでしょうか。

塩川:
そうですね。 絵を描くことで自分を取り戻せていますし、 描けるありがたみを感じているところです。 だから今、 描くことがより楽しくて。

──今回の個展は、 様々な犬の表情や佇まいはもちろんですが、 今現在の塩川さんならではの視点や熱量を楽しめる場にもなっているということでしょうか。 改めて絵を描く喜びや楽しさに立ち返る場面があったというお話がありましたが、 塩川さんはこれまでも様々なインタビューで 「描くことが楽しいからこの仕事を続けている」 ということをおっしゃっています。 では、 イラストレーションそのものの楽しさは、 どんなところにあると感じますか?

塩川:
自分が好き勝手に絵を描くのと違って役割がちゃんとあるというか、 イラストレーションでやるべきことを考えることが面白いなと思っています。 あとは、 イラストレーションが時に言葉では表現できないものを伝えることができるところも。

──最後に、 展示に足を運んでくださる皆さまへメッセージをお願いします。

塩川:
チャレンジだった今回、 自分でも 「手放したくない」 と思うような作品がたくさん描けました。 ぜひ会場に足を運んでいただいて、 犬たちの表情を楽しんでいただけたらと思います。  

 
塩川いづみ展「One」

今回の個展会場で販売しているオリジナルグッズ。

 
 

Information
塩川いづみ展 「One」


会期:2024年8月16日(金)〜9月8日(日)
営業時間:水曜〜日曜 12:00〜17:00 定休日:月・火曜
会場:GALLERY CLASKA (住所:東京都港区南青山2-24-15 青山タワービル9階)
●東京メトロ銀座線 「外苑前」 駅 b1出口より徒歩1分